藤堂高虎 が作った/かかわった 城
藤堂高虎は何度も主君を変えたことでも有名、
浅井長政→阿閉貞征→磯野員昌→織田信澄→豊臣(羽柴)秀長→豊臣秀保→豊臣秀吉→豊臣秀頼→徳川家康→徳川秀忠→徳川家光
など、戦功を立てて徐々に取り立てられていく。
出石城(1583年、天正11年)
但馬国守護となった山名時義が、出石神社の北側に、此隅山城(このすみやまじょう)を築いた。此隅山城は長らく山名氏の本拠であったが、1569年(永禄12)の織田軍の羽柴秀吉による但馬遠征で落城した。
大和郡山城(1585年、天正13年)
筒井順慶は織田信長を後ろ盾として、天正四年(1576)に大和支配を成し遂げ、天正八年(1580)に郡山に入城した。
伏見城(1594年、文禄3年)
秀吉の命により助工。
伏見城(1602年、慶長7年)
修理助役。
伊賀上野城(1608年、慶長13年)
大改修。
和歌山城(1619年、元和5年)
幕府の命により石垣工事。
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