桜を求めて『26-1. 嵯峨散歩』コースを走って来た

街道をゆく『26-1. 嵯峨散歩』
京都府のサイクリングコース
26-006 嵯峨散歩 約 32㎞
 
東京では、平年より10日も早く満開を迎えたようだ。桜の開花予想を見ていると、京都が大阪より比較的に早かったので、2018年、今年の桜は京都の嵯峨野から始めようと、街道をゆく『26-1. 嵯峨散歩』コースに出かけたが、嵐山は五分咲き、天龍寺は七分咲き、と少し早かった。
 
嵐山からの桂川
 
京都市内には長く止められて、且つ安い、適所な駐車場がない。仕方なく、少し離れた【上桂】からスタートすべく、「Timesタイムズ上桂駅前第2」駐車場を起点・終点とした。
以下、街道をゆく『26-1. 嵯峨散歩』に、欲張って『桜』を付け加えた記録。
 
スポンサー リンク
 
 
街道をゆく 26-1. 嵯峨散歩
司馬さんの旅の時期 1984年12月5日~6日
 
紀行テーマ・地点・歴史
 
嵯峨野を歩いて古代の秦氏を考えないというのは、ローマの遺跡を歩いてローマ人たちを 考えないのと同じぐらいに鈍感なことかもしれない。
かれらは、何世紀のころか日本列島に渡来し、今の京都市(山城国)や滋賀県(近江国) などに農業土木をほどこし、広大な田園をひらいた。
         ・・・ 司馬遼太郎。
 
京の西郊の嵯峨野をゆっくり歩く。
 ◆松尾大社:渡来人秦氏が一族の氏神として信仰した古い社。
 ◆大悲閣 千光寺:角倉了以(すみのくらりょうい)の木像を安置する。
 ◆渡月橋:嵐山の法輪寺再興に伴って架けられた橋が始まりと言われる。
 ◆天龍寺:足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるため建立。
 ◆鳥居本:愛宕神社の門前町として古くから参詣者でにぎわう。
 ◆水尾:平安初期に退位後出家した清和天皇を祀るお社がある。
 ◆車折神社:平安末期の明経博士、儒学者清原頼業を祀る。
 
京都の嵯峨野にははるか昔、
日本に渡来した氏族の一つ、
秦氏が定住していた。
  
 
26-006 嵯峨散歩 約 32㎞ コースのポイントと標高差
 
嵯峨散歩 コースの標高差。
嵯峨散歩 コースの標高差
高々200mほど登ればいいだけと侮って臨んだが、六丁峠から水尾の間は距離がある分比較的緩やかな坂だったが、六丁峠越えは激坂で、特に帰りがきつかった。お陰で、嵯峨野はロードバイクではほとんど走れなかったが、この山道でやっとロードバイクでの走りが出来た。
 
  
月読神社
 
月読神社(つきよみじんじゃ、月讀神社)。「安産守護のお社」。
月読神社
 
 
松尾大社
 
松尾大社駐車場の桜。
松尾大社
 
◆松尾大社。
松尾大社は大宝元年(西暦701年)に社殿が創建された京都で最古の神社の一つで、渡来人秦氏が一族の氏神として信仰した古い社。
 
松尾大社「二の鳥居」。
松尾大社
 
脇勧請(わきかんじょう)
赤鳥居の上部に、榊の小枝を束ねたものが数多くに垂れ下がっているのが、脇勧請。榊の束は、十二(閏年は十三)ある。月々の農作物の出来具合を占った太古の風俗を、そのままに伝えていると言われている。
 
松尾社 日本第一酒造之神。
松尾大社
 
松尾大社「楼門」。
松尾大社
 
松尾大社「中門」、「釣殿」であり、両側には「回廊」が延びている。
松尾大社
 
酒樽が積まれた「神輿(みこし)庫」。
松尾大社
 
 
西光院
 
西光院。脇に、西行法師旧跡と書かれた石碑あり。
西光院
 
西光院
山号をニ尊山(にそんざん)という浄土宗西山禅林寺派の寺院で、この地は、平安末期の僧で歌人として知られる西行が出家直後に庵を結んで住した場所と伝えられている。
 
 
嵐山からの保津川
 
嵐山からの保津川の眺め。
嵐山からの桂川
 
嵐山からの保津川。保津川を遡る、屋形船。
嵐山からの桂川
 
嵐山からの保津川。川面の深い青色が美しい。
嵐山からの桂川
 
嵐山からの保津川。
嵐山からの桂川
 
 
大悲閣山 千光寺
 
大悲閣山 千光寺への登り口。
大悲閣山 千光寺
 
大悲閣山 千光寺への石の階段。
大悲閣山 千光寺
 
◆大悲閣 千光寺。
慶長19年(1614)角倉了以(すみのくらりょうい)が、二尊院の僧、道空了椿(どうくうりょうちん)を中興開山に請じて建立した寺院である。
角倉了以は、我国民間貿易の創始者として、南方諸国と交易し、海外文化の輸入に功績をたてた人物で、国内においては、保津川、富士川、天龍川、高瀬川等の大小河川を開鑿(かいさく)し、舟運の便益に貢献した。晩年は、この地に隠棲し、開鑿工事に関係した人々の菩提を弔うため、この寺を建てたといわれている。
 
大悲閣山 千光寺。角倉 了以(すみのくら りょうい)の像がある。
大悲閣山 千光寺
 
大悲閣山 千光寺 観音堂。
大悲閣山 千光寺
 
大悲閣(だいひかく)とは
観世音菩薩像を安置した仏堂や観音堂を指し、千光寺の本尊は、恵心僧都作といわれる千手観音菩薩。境内にある、切り立った岩肌に建つ舞台造りの観音堂(客殿とも)は大悲閣と呼ばれるため、寺そのものの別称も「大悲閣」と呼ばれる。
 
大悲閣山 千光寺『心』。
大悲閣山 千光寺『心』
 
大悲閣山 千光寺 観音堂からの眺め。トロッコ列車の線路が見える。。
大悲閣山 千光寺
 
観音堂 から、京都市街の眺望。
大悲閣山 千光寺
 
 
渡月橋
 
渡月橋。桜は五分咲きだが、橋の上は人で満開。
渡月橋
 
◆渡月橋。
承和年間(834年 - 848年)に僧、道昌が架橋したのが始まりとされ、現在の位置には後年に角倉了以(すみのくらりょうい)が架けたとされる。
亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから渡月橋と名付けられた。
この渡月橋の辺りには、秦氏が造った堰(せき)があったと伝えられており、この秦氏が造ったダムは、葛野大堰(かどのおおい)と呼ばれている。
 
大堰川(おおいがわ)、保津川、桂川
渡月橋より下流を桂川と呼び、上流を大堰川と呼ぶが、亀岡盆地の出口から嵐山渡月橋までは、保津峡を流れるので保津川呼び、保津川下りが有名。
 
 
天龍寺
 
天龍寺・庫裏(くり)。ここが諸堂への参拝入口になっているが、人があまりにも多く、ここから先に行く気になれず。
天龍寺
 
◆天龍寺。
臨済宗天龍寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の霊を慰めるため、1339年(暦応2)夢窓国師を開山として創建。室町時代には京都五山の第一位を占めた。
 
天龍寺・前庭から、「総門」に向かって出る。
天龍寺
 
天龍寺横の、竹林の小径。人が数珠なりになっている中を人力車が通る。ロードバイクで走れる道ではない。人の波が途切れたところで撮影。
竹林の小径
 
 
野宮神社
 
野宮神社。ここも人で溢れ返っている。
野宮神社
 
野宮神社(ののみやじんじゃ)
平安遷都後、嵯峨野に野宮という社ができ、伊勢神宮の斎宮に選ばれた皇女が1年間ここに籠って精進潔斎をする習わしがあった。黒木の鳥居、小柴垣が往時をしのばせる。付近に産する竹を「野宮竹」という。祭神は天照大神。
 
山陰本線を渡り、嵯峨小倉に向かう。
 
 
さがの楓カフェ
 
ロードバイクが駐輪できる庭がある、『さがの楓カフェ』で昼食にする。カフェだが、ピザが食べれた。
さがの楓カフェ
 
さがの楓カフェ。
さがの楓カフェ
 
さがの楓カフェ。
さがの楓カフェ
 
 
落柿舎
 
落柿舎(らくししゃ)。
落柿舎
 
落柿舎(らくししゃ)
芭蕉の高弟、俳人向井去来が閑居(かんきょ)した草庵跡。芭蕉の往来地で『嵯峨日記』を著す。庭には俳句の草木や去来の句碑などが、裏の墓地には去来の墓がある。
 
 
嵯峨天皇皇女・有智子(うちこ)内親王墓
 
「嵯峨天皇皇女 有智子内親王(うちこないしんのう)」の陵墓。
「嵯峨天皇皇女 有智子内親王」の陵墓
 
 
西行井戸
 
西行井戸。
牝鹿なく 小倉の山の すそ近み ただ独りすむ わが心かな』。
西行井戸
 
 
二尊院
 
二尊院。桜は、咲き始めといった感じ。
二尊院
 
二尊院(にそんいん)
京都市右京区の嵯峨野の二尊院門前にある天台宗の寺院。山号は小倉山。正式には小倉山二尊教院華台寺(おぐらやま にそんきょういん けだいじ)という。二尊院の名は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像に由来する。
 
 
鳥居本
 
R50、京都市 右京区 嵯峨鳥居本。この辺りまで来ると、人がだいぶ減る。
嵯峨鳥居本(さがとりいもと)
 
愛宕神社一の鳥居。
愛宕神社一の鳥居
 
 
六丁峠
 
一の鳥居を過ぎると、風景が一変する。R50:杉林の中をゆく。激坂。
 R50:杉林の中をゆく
 
R50:六丁峠。
R50:六丁峠
 
六丁峠
約654m。尺貫法に換算すると360間、丁(町)にして六丁。これは愛宕神社の「一の鳥居」から六丁峠へ上り詰めるに要する距離で、峠の名の由来。
(嵐山側)  距離 659m 平均傾斜 11.3% 高低差 74m 標高 176m
(保津峡側) 距離 894m 平均傾斜 14.4% 高低差 129m 標高 176m
 
六丁峠を超えた地点から、保津川を望む。
六丁峠を超えた地点から、桂川を望む
 
 
水尾
 
水尾まで4kmの看板。
水尾まで4㎞の看板
 
嵯峨野観光線:トロッコ保津峡駅の向かいに出る。
嵯峨野観光線:トロッコ保津峡駅の向かいに出る
 
嵯峨野観光線:トロッコ保津峡駅。
嵯峨野観光線:トロッコ保津峡駅
 
山陰本線の鉄橋が見えた。
山陰本線の鉄橋
 
水尾川を渡り、山陰本線の保津峡駅に行く保津峡橋。幅が7m、長さが54mある重量感のある橋梁。水尾川はこの橋を抜けた後、保津川に合流している。
山陰本線の保津峡駅に行く保津峡橋
 
水尾まで1kmの看板。緩やかな登りが延々と続く。
水尾まで1kmの看板
 
やっと水尾に入る。
やっと水尾に入る
  
 ◆水尾。
嵯峨水尾(さが みずお)は、「柚子の里」や「清和天皇陵」などで知られている。「きれいな水が湧く所」という意味がある。
 
「清和天皇陵」直進の標識が現れる。
「清和天皇陵」直進の標識現れる
 
最終目的地点の『清和天皇 水尾山陵』まで来たが、ロードバイクで行けそうな道ではなかったので、ここで引き返す。
清和天皇 水尾山陵
 
◆清和天皇陵。
第56代 清和(せいわ)天皇 水尾山陵(みずのおやまのみささぎ)。
 
このままR50を進めば、「亀岡市八木町」という標識があった。
このままR50を進めば、亀岡市八木町の標識がある
 
 
復路
 
嵯峨水尾地区の風景。
嵯峨水尾地区の風景
 
ゆず風呂と鶏の水炊きの『まる源』。
ゆず風呂と鶏の水炊きの『まる源』
 
ゆず風呂と鶏の水炊きの『まる源』。
ゆず風呂と鶏の水炊きの『まる源』
 
柚子の里 直八。
柚子の里 直八
 
帰り道のトンネル(鵜飼隧道)には「平安乾域」の扁額が掲げられており、ここが、平安京の乾(いぬい・北西)にあたることを示しているらしい。
「平安乾域」
 
帰り道、六丁峠の激坂。
六丁峠の激坂
 
六丁峠からの保津川。
六丁峠からの桂川
 
六丁峠からの保津川。
六丁峠からの桂川
 
六丁峠。
六丁峠
 
「京都一周トレイル 西山 6」の道標。ここを下れば、鳥居本。
「京都一周トレイル 西山 6」の道標
 
鳥居本、愛宕神社一の鳥居前まで一気に下る。
鳥居本、愛宕神社一の鳥居前
 
愛宕念仏寺には立ち寄れず。
 
◆愛宕念仏寺。
天台宗。稱徳天皇開基。もとは東山の地に奈良時代に建てられた古刹(こさつ)。
平安初期に鴨川の洪水で堂宇が流失。天台の僧「千観内供」が再興し,等覚山愛宕院と号し、比叡山の末寺となる。
 
嵯峨鳥居本化野町。
嵯峨鳥居本化野町
 
◆鳥居本。
嵯峨鳥居本(さがとりいもと)は、京都市右京区の地区名。
古くは「化野(あだしの)」と呼ばれ、京の人々の埋葬の地であった。現在の町並みは愛宕神社の門前町として発展したもので、化野念仏寺を境に瓦屋根の町家風民家が並ぶ下地区と、茅葺きの農家が多い上地区と二つの風景が共存する。
 
 
化野念仏寺
 
東漸院 化野念仏寺。
東漸院 化野念仏寺
 
東漸院 化野念仏寺。
東漸院 化野念仏寺
 
◆化野念仏寺。
空海(弘法大師)が五智山如来寺を建て野ざらしの遺骸を埋葬。
のち法然が念仏道場としてから今の寺名に改めた。
 
この後、化野念仏寺前の道を直角にR29に出て、市内中心部に下る。
化野念仏寺前の道を直角にR29に出る
 
丸太町通りのR187と山陰本線を越えて、突き当りがコロッケの中村屋。
 
京都では有名なコロッケ屋さんで、行列が出来ていた。名物の北海道産じゃがいもと牛挽肉を使った「コロッケ」(100円)を購入。
コロッケの中村屋
 
コロッケの中村屋
1960年創業の老舗精肉店の「中村屋 総本店」。 手頃な価格で、食べ歩きにもぴったりな揚げ物が大人気で、昔から地元の方をはじめ嵐山散策の観光客にも愛されている。
 
中村屋の向かいにある、「日本最初の庭園」の道標。
日本最初の庭園 道標
 
京福電気鉄道 嵐山本線 嵐電嵯峨駅をこえて左にカーブした所にある、民宿嵐山の庭にある桜。
民宿嵐山
 
民宿嵐山
「民宿嵐山」の建物は、大正時代後期に京都室町の呉服商の別荘として建てられた、数奇屋造り建物を改修して、民宿として使用されている。
 
鹿王院 山門。
鹿王院 山門
 
鹿王院
足利義満が1379年(康暦1)春屋妙葩(普明国師)を開山として建立した宝幢寺の開山塔である。本寺は応仁の乱で退転し、この一院だけ残った。臨済宗の単立寺院。
 
鹿王院。
鹿王院 山門
 
 
車折神社
 
車折神社(くるまざきじんじゃ)裏参道入口。
車折神社(くるまざきじんじゃ)
 
裏参道入口は、京福電車・「車折神社駅」前にある。
車折神社(くるまざきじんじゃ)
 
◆車折神社(くるまざきじんじゃ)。
平安末期、天皇に仕えた儒学者、清原頼業(きよはらのよりなり)を祭る。
金運、良縁、学業の神で、参詣者は祈念神石を社務所で授かり、祈願成就のとき倍にして返す習わし。社名の由来は後嵯峨天皇の牛車の引棒が社前で折れたことから。境内に芸能神社があり、芸能人の信仰もあつい。
 
三条通りに面して建っている朱塗りの車折神社(くるまざきじんじゃ)大鳥居。社名は「車裂」「車前」とも書いた。
車折神社(くるまざきじんじゃ)
 
R29 嵯峨美術大学前の桂川左岸に出る。
嵯峨美術大学前の桂川
 
嵯峨美術大学。
嵯峨美術大学嵯峨美術大学
 
渡月橋方面を望む。
渡月橋方面を望む
 
松尾橋方面を望む。
松尾橋方面を望む
 
松尾橋を渡って桂川の右岸、『京都八幡木津自転車道線』の桜。
『京都八幡木津自転車道線』の桜
 
【京料理松尾川よし 】の横から一般道に上がって、上桂に無事帰着。
 
 
付録:長岡天満宮 八条が池 の桜
 
嵯峨野で桜を満喫した感覚にならず、桜の好い写真も撮れていない。
帰路、長岡天満宮の桜はどうだろうか?、と寄ってみた。八条が池の遊歩道は、満開に一歩手前といったところ。
長岡天満宮 八条が池 の桜
 
桜のトンネル。
長岡天満宮 八条が池 の桜
 
「桜」の写真が撮れた。
長岡天満宮 八条が池 の桜
 
参考:
 

以上。
(2018.03.27)

 
             

スポンサー リンク
 

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください