土佐街道「町家の雛めぐり」
29-011 近鉄飛鳥駅~壺坂峠~芋ヶ峠~近鉄飛鳥駅 約35km
高取土佐街なみにある町家には、大切に蔵われている雛人形がいます。 どの「お雛さま」にも、その家の思い出や、親子の願いが込められていて、 添えて飾られている色紙には、そんな“思い出”と“願い”が綴られています。 家々の「雛物語」を楽しみながら、かけがえのないあなたの思いや願いにふれてください。 ゆっくりと歩く高取町土佐街なみから、あなたの雛物語がはじまります。
2. 駅前の店舗から始まる「町家の雛めぐり」
3. 土佐街道沿いの「町家の雛めぐり」
4. 光明寺からさらに奥へ
5. 伊勢屋屋敷跡から植村家長屋門へ
6. 薬膳料理 花大和 で昼食を摂り折り返す
日本一の山城「高取城」の城下町として栄えた高取町。 昔からの町家が、多く現存し、その当時の佇まいを残しています。 その名は、土佐街道。
2007年から、始まった「町家の雛めぐり」は、町あげてのイベントに発展し、約八十軒のお雛さんを町並みのあちらこちらで展示しています。
展示箇所は、民家の玄関や、縁側、店先など、現在実際に生活されているご家庭に展示しており、 基本的に、そのご家庭に縁のあるお雛様で、飾り付けも、そちらの方々で行われています。
高取藩の城下町として多くの人々が往来し、大和平野と吉野地方の文化の交流拠点として大いに賑わった。また、壷阪寺の参詣道として往時を偲べる。
植村家長屋門
旧大手門の通りに面しており、旧高取藩の筆頭家老屋敷。
県重要文化財に指定されており、なまこ壁が城下町の雰囲気を漂わせる。
江戸末期、文政9年(1826年)の建立で、門口39.1m、奥行4m、むね高5mの規模で一重入母屋瓦葺き造り、腰板張りの部分はなまこ壁。近代武家屋敷表門の遺構を残している貴重な建物。 (現在も居宅として利用されている)
今より三百年以上昔、 座頭の沢市は三つ違いの女房お里と 貧しいながらも仲睦まじく暮らしていた。 沢市は盲目ゆえ琴三味線を教え、 お里は内職というなんともつつましい暮らしであった。
そんな沢市の胸中に一つ不安が生まれていた。 というのも明けの七つ(午前四時)になると、 お里が毎晩床を抜け出していたからだ。 「もしや好きな男が…」と問いただすと、お里は沢市の目の病が治るよう、 この三年もの間欠かさず壷阪寺の観音様に朝詣でをしていると訴える。 疑った自分を恥じる沢市はともに観音様にお参りすることにしたが、 心の中は盲目がゆえに不遇な暮らしをしているのだと自分を責める。 そして、一度お里を家に帰して、お里を自由な身にしてやろうと自分の身を投げてしまうのであった。
不吉な予感であわてて戻るお里は、非常な現実に遭遇し、自らも身を投げてしまう。 しかし、二人のせつない夫婦愛が、観音様の霊験により奇跡が起こり、沢市・お里は助かり、 沢市の目が開眼した。
本堂横手には、そのお里、沢市が身を投げた、投身の谷と言い伝えられている谷がある。
以上。
(2016.03.13)
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