彦根からマキノへ 奥琵琶湖を巡る

滋賀県のサイクリングコース
25-001 彦根~マキノ 約73㎞
 
彦根城。
彦根城
 
湖西線・マキノ駅 から近江塩津まで行き、ここで北陸本線に乗り換えて彦根まで輪行。彦根駅から琵琶湖の湖岸道路に出て北上し、奥琵琶湖パークウェイを経てマキノへ戻るコース。
終盤の、奥琵琶湖パークウェイのアップダウンがきつい。
 
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高島市マキノ町 奥琵琶湖マキノグランドパークホテルを拠点にする。
高島市マキノ町 奥琵琶湖マキノグランドパークホテル
 
ホテルから歩いて、湖西線・マキノ駅に向かう。  彦根~マキノ
 
湖西線・マキノ駅 のプラットフォーム。
 彦根~マキノ
 
近江塩津で北陸本線に乗り換えて彦根まで輪行。彦根駅前で、バイクを組み立てて出発。
 
彦根城築城は、将軍徳川家康公の命により佐和山城を一掃するため、慶長9年(1604)より着工され、20年の歳月をかけて築城された。
天守は大津城から、天秤櫓は長浜城から移築。天守は2年足らずで完成したが、表御殿の造営、城郭改造など、城郭の完成は1622年とされている。
この間、井伊直孝は大坂冬の陣で兄直継に代わって出陣し、その功績によって家督を継ぎ、夏の陣では豊臣方の木村長門守重成と戦い大功をあげ、井伊直政(常に先鋒を務め、徳川四天王のひとり)に劣らぬ武将と賞賛された。
直孝は、秀忠、家光、家綱の三代にわたって、将軍の執政となり、幕府政治確立にも貢献。
 
最初の訪問地、彦根城。  彦根~マキノ
 
彦根城。  彦根~マキノ
 
1573年(天正元年)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に、当時今浜(いまはま)と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。
浅井長政(あざいながまさ:信長の妹・お市の夫)の居城であった小谷城で使われていた資材や、あらかじめ、竹生島に密かに隠されていた材木などを見つけ出し、それらを使用し築城を開始し、同3・4年頃完成し入城。
湖水に石垣を浸し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていた。城下町は小谷城下(滋賀県長浜市湖北町伊部)からそのまま移した。そのため、現在でも城下町には当時の面影や名残がある。
秀吉が最初に築いた居城であり、秀吉の城下町経営の基礎を醸成した所でもある。
 
長浜城。  彦根~マキノ
 
長浜城。  彦根~マキノ
 
長浜の『カフェレストラン洋屋』にて昼食をとる。  彦根~マキノ
 
奥琵琶湖パークウェイより。  彦根~マキノ
 
天気は良かったが、湖北からの風が強く、常に向かい風で想定以上に時間がかかる。最終盤になって、車の通行が禁止されていた【 奥琵琶湖パークウェイ 】に入ったら、とてつもないアップダウンで疲れ果てる。
 
参考:
 

以上。
(2013.05.02)

 
             

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