紫陽花と菖蒲が咲く浄瑠璃寺参拝と周辺周回

京都府のサイクリングコース
26-031 浄瑠璃寺周辺周回 約 11㎞
 
一度は見たい絶世の美女秘仏!「浄瑠璃寺」の『吉祥天女像』ということで、テレビの旅番組で、浄瑠璃寺を見て一度訪ねてみたいと思っていた。
 
浄瑠璃寺:三重塔 ・・・ 新緑が眩しかった。
 
浄瑠璃寺の門前にある駐車場まで車で行き、周辺を周回した後、浄瑠璃寺に参拝。
 
浄瑠璃寺から左回りのコースを辿った。この結果岩船寺までは登りになったが、それ以降はすべて下りという大変楽なコースになった。
困ったのは、47号への左折ポイントが非常に判りずらく、通り過ぎてしまい、引き返すことになってしまった。
 
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浄瑠璃寺門前にある駐車場 ・・・ 駐車料金 ¥300。
 
駐車場前を左回りでスタート。
 
いきなりキツイ登りが岩船寺まで続く。
 
岩船寺:「関西のあじさい寺」と呼ばれる。
 
岩船寺:三重塔。
 

岩船寺(がんせんじ)

岩船寺(がんせんじ)は、京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43 にある真言律宗の寺院。山号を高雄山(こうゆうざん)と称し、本尊は阿弥陀如来。天平元年(729)に聖武天皇の勅願によって行基が阿弥陀堂を建てたのが始まりと伝わる。
関西花の寺第15番で、「関西のあじさい寺」とも呼ばれる。梅雨時、境内のそこかしこにアジサイが咲き、その数は35品種・5000株ほどあり、淡い紫、赤紫、青紫と一雨ごとに微妙に色を変え、その幽玄な景色はまさに花曼荼羅の如しと言われる。
 
廃校を利用した『木津川市 当尾の郷会館』。
 
R47がR44になり、関西本線に出る手前を左折する辺り。
 
R44から、南加茂台の住宅地を眺める。
 
R44と東山あたりの田園風景。
 
R44から浄瑠璃寺方面=R752への左折ポイント。
 
R752からの眺め。
 
浄瑠璃寺の前にあるそば処:吉祥庵 (きっしょうあん) 葛きりもある。
 
浄瑠璃寺への径。
 
参道入り口にある『塔尾茶屋 (トウノチャヤ)』。山菜うどんが最高らしい。
 
参道。
 
参道の脇にある『あ志び乃店 (アシビノミセ)』。
 
店の入り口:四季を楽しむ、素朴な田舎料理。山菜定食を食べる。
 
店の前にある庭。
 
店の前にある庭。
 

浄瑠璃寺

浄瑠璃寺(じょうるりじ)は、京都府木津川市加茂町西小(字)札場(にしお ふたば)にある真言律宗の寺院。山号を小田原山と称し、本尊は阿弥陀如来と薬師如来、開基(創立者)は義明上人である。
寺号は、三重塔の内陣に安置されている薬師如来の浄土「瑠璃光浄土」からきている。梵字の阿字をかたどった池を中心にして、東に薬師仏、西に阿弥陀仏を配した庭園は極楽世界をこの世に表わしたもので、本堂は横に長く九体の阿弥陀如来が安置されている。
 
早春には馬酔木(アセビ)が咲く参道。
馬酔木(アセビ)は、「馬」が葉を食べれば毒に当たり、「酔」うが如くにふらつくようになる「木」という所から付いた名前であるとされる。
 
『当尾(とうの)』:当尾地区は、奈良の興福寺の別当として、平安時代後期から鎌倉時代にかけて、多数の石仏や寺院が造立されるなど、仏教文化の花開いた地域です。 ・・・ と書かれている。
 
ここ浄瑠璃寺もそうした別当の一つとして平安時代後期に創建されたもので、池を挟んで東西に国宝の三重塔と九体阿弥陀堂が建ち、此岸と彼岸、浄土の世界を現しています。
 
中央の蓮池には州兵敷きが復元された中島などがあり、・・・。
 
三重塔。
 
三重塔。
 
本堂。横に長く九体の阿弥陀如来が安置されている。
 
九体阿弥陀仏
九体の阿弥陀仏は「観無量寿経」で説かれる「九品往生」の考え方に基づいて造形されたもので、人間の往生は一番下の「下品下生」から始まり、最高の「上品上生」までの九段階があるという考えで、九体阿弥陀がまつられた。
藤原道長が1019年、京都の鴨川畔に広大な法成寺を建立し、その伽藍の中心に建てたのが、九体の阿弥陀仏を安置した阿弥陀堂だった。道長は1027年、九体の阿弥陀像の手に結んだ九本の糸を握って往生したと言われている。(藤原道長は、記録に残る糖尿病患者の第一号と言われている。)
その後、九体の阿弥陀如来を造って安置することが各所で行われたが、九体の阿弥陀如来が現存するのは浄瑠璃寺のみになった
 
藤原道長が詠んだ有名な一句。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
 
「九品往生」。
上品上生:じょうぼんじょうしょう・上品中生・上品下生、いづれも大乗の教えに従い、深く因果を信じて極楽往生を願う人々。
 
中品上生と中品中生は、小乗の戒律を守ることによって極楽往生を願う人々、中品下生は父母を孝養するなどの、世間的な福徳を行うことによって極楽往生を願う人々。
 
下品上生・下品中生・下品下生は、上品や中品の人々が行うような福徳を行うことが出来ないどころか、かえってさまざまな悪行を犯してしまう罪悪の凡夫であるが、このような人々でも善き人(善知識:ぜんじしき)の教えに出会い、南無阿弥陀仏の念仏を称えるならば極楽往生することができる。
 
本堂:寄棟造、本瓦葺き。
 
鐘楼。
 
入り口を望む。
 
参道を寺の出口から眺める。
 
6月にもかかわらず空梅雨で、湿度の低いすがすがしい一日だった。 
 

以上。
(2017.06.15)

 
             

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